Episode: 6

Twilight

 雨上がりの匂いが混ざった潮風が、「彼女」の髪を揺らした。


「……ウルフ・フォーよりゼロへ。ターゲット、発見しました」

 夕刻の喧噪が嘘のように静まり返った、深夜の横浜中華街。そこからほど近い路地に建つ住宅の屋根で、「彼女」は襟元につけたインカムに囁いた。
 オリーブ色を基調としたタクティカルスーツに身を包み、長大なバリスティックシールドを背負った若きトリガー――『ウルフ・フォー』と名乗った女性は、油断のない目で眼下を睨んでいる。闇夜の中、彼女が右耳につけている銀色のピアスだけが、月光を弾いて微かに輝いていた。
 彼女が見下ろす路地。そこに、“それ”はいた。
 アナザー。人の体を乗っ取り、異形の姿となった自我なき怪人。その「シーカー」タイプが、どこへ向かうとも知れぬ足取りで徘徊している。

「中華街の1km圏内……。こんなとこにまでアナザーが現れるなんて」
『でも、お手柄かな』

 彼女の脳内に声が響く。夜の重さに似つかわしくない、軽やかな声だった。

『辺りに民間人はいない。初陣でアイツを倒せば査定も上がるし、ボーナス出るかも。それに……愛しの「お姉ちゃん」が褒めてくれたりしてね』
「これは任務! お姉ちゃんは関係ないの!」

 口を尖らせてむくれる彼女の脳内で、「声」がからかうように笑う。
 路地の静寂が破れたのは、それとほぼ同時のことだった。

「グルル……。ガウッ、ガウッ!!」
「!」

 けたたましい犬の鳴き声によって、彼女は我に返った。民家の軒先で、繋がれた柴犬が、迫りくる異形に向けて必死に吠えている。
 ピタリ、とシーカーが足を止めた。
 仮面の眼窩が犬を捉え、その骨張った腕が、錆びついた蝶番のような音を立てて振り上げられる。その手に握られているのは――鈍く輝く鋭利な鎌。

「ヤバい!」
『は!? ちょっと、まだ交戦の許可は――!』

 屋根を蹴り、重力へと身を委ねる。シーカーの鎌が振り下ろされるのと、彼女が犬の前に着地したのは、ほとんど同時だった。
 火花と共に、硬質な金属音が夜気を震わせる。着地と共に構えたバリスティックシールドが銀の閃撃を受け止め、弾き返す。シールドの開発元を誇示するように刻印された『M.S.G.』の文字は、彼女が所属する組織の名前でもあった。

「ギ、ギィ……ッ!?」

 予期せぬ乱入者に、シーカーがたたらを踏む。

『さすが対アナザー専用装備、傷一つない! イイ仕事だな開発部!』
「はしゃいでる場合じゃないでしょ! 行くよ!」

 盾を引くと、色素の薄い髪をパッとかき上げる。
 露わになった右耳。揺れるピアス。その「制御装置」を、彼女は一思いに剥ぎ取った。 


「貫け、“ペネトレイター”!」

 ピアスの下に隠れていた刻印から透明な結晶が生え出でて、弾け飛ぶ。一瞬、彼女の体から嵐のようなオーラが噴出し、シーカーの体を吹き飛ばした。

「ギィッ!?」

 オーラが渦巻く。結晶の破片が一つ所に集まって渦巻き、異形の姿をなしていく。
 現れたのは、「声」の主だった。

 バイザーを彷彿とさせる仮面に、オリーブ色の装甲。対アナザー用アサルトライフルで武装したその姿は「兵士」という印象を抱かせる。
 ――「ペネトレイター」。増加するアナザー事件に対処するため、『M.S.G.』の部隊員が人為的に開花させた、「アナザーを討つための、アナザー」。

「――ったく。ワンちゃん庇っても査定上がらないでしょ」

 いわゆる「規格品」に近いアナザーだが、その個性は様々だ。不満げに腰に手を当て、軽い口ぶりで自らのトリガーを責めるその姿は、「ウルフ・フォー」の本音を代弁しているようにも見えた。

「文句は後にして。来るよ!」

 ウルフ・フォーが相棒をたしなめ、鋭く電柱の上を見る。瞬間、そこにいたシーカーが不愉快な奇声と共に跳び上がった。

「ま、あいつ倒せば差し引きプラスかな!」
「こちらウルフ・フォー。戦闘行動に入ります!」 

 襟元のインカムに言い放ち、返事を待たずにその場を飛び退く。大振りに振り下ろされたシーカーの鎌が目の前を掠め、道路のアスファルトを切り裂いた。

「グガガァッ!!」

 息つく暇もなく、シーカーはウルフ・フォーを狙って低空を水平に跳んだ。二足歩行でありながら、走るのではなく跳躍によって移動を繰り返す様は、人体というより昆虫の動きに近い。

「早い! でも――」
「動きが直線的! そこだ!」

 アサルトライフルの連射音が、夜の住宅街に響き渡る。教科書通りの構えで放たれた銃弾の雨は、シーカーが振りかぶった鎌を手首ごと吹き飛ばした。
 シーカーが悲鳴をあげ、体勢を崩す。そこに、ウルフ・フォーが突っ込んだ。

「おりゃあああーーーーっ!!」

 構えたシールドの裏に身を屈め、全力で踏み込む。開花によって強化された身体能力を利用した体当たりシールドバッシュが、シーカーの下顎に叩き込まれた。

「グッ!?」
「ペネトレイター!」

 盾だけを残して飛び退いたウルフ・フォーの肩を踏み台にし、入れ替わるようにペネトレイターが跳ぶ。真下に向けて構えるライフルの銃口が狙うのは――衝撃に仰け反り、天を仰いだシーカーの「仮面」。

「ギ……!?」
「その体、さっさと持ち主に返しな!」

 今度の銃声は、一度だけだった。
 アサルトライフルから放たれた銃弾が仮面の中央を穿ち、真っ二つに破壊する。そのまま空中で一回転したペネトレイターがアスファルトに着地すると同時に、シーカーは膝から崩れ落ちた。
 シーカーの外装がボロボロと剥がれ、人間の姿に戻っていく。就職したばかりの新入社員だろうか、綺麗なスーツを着た若い男性が意識を失ったまま現れた。

「ふう……。被害ゼロ! やってやったね!」

 声を弾ませて、ペネトレイターが自らのトリガーを見る。くしくも、と言えばいいのだろうか、同じく現場に配属されたばかり「新人」である「ウルフ・フォー」は、シールドを拾い上げながら男性と犬の無事を確かめて、安堵の溜息をついた。

「すぐに移動しないと。結構派手な音立てちゃった」
「誰かさんが飛び出したせいで、C.C.隔絶 空間展開してないからねえ」
「ごめんって」

 ニヤニヤと彼女を見るペネトレイターにジト目を返し、インカムのスイッチを押す。

「こちらウルフ・フォー。ターゲット撃破、宿主の保護を願います」
『――――

 だが、返ってきたのは砂嵐のようなノイズだけだった。

「あれ? ゼロ、応答を」
「……ねえ、なんか静かすぎない?」

 ペネトレイターの声色が変わる。守り抜いたはずの柴犬が怯えたように唸り、後ずさりを始めた。その目は、上空に広がる夜の闇を見上げている。

「え……?」

 ――いや、それは夜の闇などではなかった。
 屋根から、電線から、街路樹の枝から。いくつもの赤い眼光が、彼女たちを見据えていた。蝙蝠に似た「それら」の影は夜空よりも黒く、しかし、蝙蝠よりも遙かに大きい。何よりも、顔面を覆う禍々しい仮面が、「それら」の正体をはっきりと物語っていた。

「アナザー!? いつの間にこんなに……!」

 バサリ、と。「それら」が翼を広げる。ペネトレイターが悲鳴のような声をあげた。

「ターゲット! 保護して!」

 何匹もの蝙蝠型アナザーの群れが、黒い奔流となって彼女たちに襲いかかる。ウルフ・フォーは気絶したままの男性に覆い被さり、半身でシールドを構えた。
 奔流が彼女を呑み込む。蝙蝠の爪か、牙か。耳障りな金属音と共に鋭利な何かがシールドを叩き、その隙間から入り込んだ爪がタクティカルスーツを引き裂いていく。

「くうっ……!」
「ちょっと! トリガーばっか狙ってんじゃない! 」

 ペネトレイターがアサルトライフルを連射する。と、蝙蝠型アナザーたちは驚異的な反応速度で飛び上がり、何筋かの群れに分かれて空を舞った。ペネトレイターがその一つを追って銃口を向けた瞬間、死角から別の群れの羽音が接近してくる。

「っ!? うあああっ!?」
「ペネトレイター!」

 もう一つの群れがペネトレイターに取り付き、組み伏せる。彼女の愛銃が弾き飛ばされ、あらぬ方向へと消えていった。

「くっ……、ゼロ! 本部! 誰でもいいから応答して!」

 どれだけインカムに呼びかけても反応はない。見れば、先ほどの飼い犬が耳を畳んでうずくまり、震えている。高周波によるものか、あるいは何か特別な力によるものか、空を覆い尽くす蝙蝠たちがジャミングしているのだろう。
 分かたれていた群れが再び一つになって、襲いかかってくる。
 黒い奔流。そして、無数の赤い目。
 死を司る怪物がいるのなら、こんな姿をしているのかもしれないと、彼女は思った。

 その時。

 ――ギャギャギャギャァァァァァッ!!

 暴力的なスキール音が、蝙蝠の羽音を吹き飛ばした。
 同時に、銃声が二発。先頭の蝙蝠が仮面を砕かれ、群れが四方に散る。驚いて振り返ったウルフ・フォーの視界に映ったのは、大きな駆体を強引にねじ伏せるようにカーブしてくるバイクの姿だった。

 ――『M.S.G.』が誇る戦闘用重二輪「ナイトシーザー」。

 高圧モーターの回転音が大気を震わせ、純白の装甲を纏った車体が一気に加速する。

『……C.C.を展開します。ウルフ・フォー、準備を』

 沈黙していたインカムから、よく知る声が流れてくる。ナイトシーザーの車上にいるのは、ウルフ・フォーと同じスーツを身に纏った、もう一人のトリガー。

「ウルフ・ゼロ……!」
「――お姉ちゃん!」

 ペネトレイターに「ゼロ」と、ウルフ・フォーに「姉」と呼ばれた女性は、速度を緩めずにヘルメットを脱ぎ捨てる。そして、躊躇なく右耳のピアスを剥ぎ取った。

「『仕事』の時間よ――“ヴィンセント”」

 瞬間。世界の色がくすんだ。
 同心円状に波動が広がり、辺り一帯にフィルターをかける。周囲の景色は変わらないまま波動に呑み込まれた犬が消え、気絶していた男性が消える。アナザーを持つ者のみが存在を許される認知的別世界――隔絶空間が辺りに広がっていく。
 世界の変化に、蝙蝠たちが戸惑う。
 それを見て、ウルフ・ゼロはナイトシーザーのアクセルをさらに踏み込んだ。前輪を持ち上げ、地面に転がっていたペネトレイターのアサルトライフルの僅かな段差を利用し、跳躍。車体ごと群れに突っ込んでいく。

「ヴィンセント!」

 号令と共に、ウルフ・ゼロがシートから飛び退いた。

「――承知しています、マスター」

 路上に現れていた彼女のアナザーが、静かに応える。
 婦人警官の制服に似たネイビーの装甲、いかなるジャミングをも無力化する左耳のインカム、そして、特殊な訓練によって人の貌と同等の姿となった仮面――ネイキッド・フェイスが、彼女の「格」を示していた。
 女性型アナザー・ヴァリアント。ウルフ・ゼロが呼ぶ愛称は「ヴィンセント勝利をもたらす者」。

「消し飛びなさい」

 その右手に構えた拳銃「タスクキル」が、火を噴いた。

 アナザーの仮面をも破砕する金の弾丸が、無人となったナイトシーザーのパワーユニットを貫く。次の瞬間、紅蓮の炎と爆風が、蝙蝠の群れをまとめて焼き払った。

「キィイイイイイイイイッ!?」

 ある者は墜落し、ある者は吹き飛び、断末魔と共に群れが崩壊していく。その光景を唖然と見ていたウルフ・フォーの傍に、「お姉ちゃん」が着地した。

「……ウルフ・フォー。独断先行は感心しないわね」
「うっ……」

 自分とよく似た、しかし冷たい瞳がウルフ・フォーを見下ろす。自分より六つも年上とはいえ、『M.S.G.』史上初めて二十代で部隊の指揮官へと抜擢された「お姉ちゃん」の迫力に、ウルフ・フォーは身を縮こまらせた。

「ごめん、ゼロ。ただ、緊急事態だったから……!」

 彼女をフォローするように、ペネトレイターが割り込んでくる。が、「それが指揮官に対する口ぶりですか」とヴィンセントに一喝され、彼女もまた縮こまってしまった。

「……」

 ウルフ・ゼロの目が、「妹」のバリスティックシールドを見る。

「……はぁ」

 何かを守り抜いたらしき、傷だらけの盾――それを見て、彼女の表情が和らいだ。

「お姉ちゃん……?」
「状況判断としては下策。けれど、ウルフ部隊の理念には反していない……。いいわ。始末書を書くときは手伝ってあげる」
「……! ありがとう!」
「ただし――」

 「姉」の顔が、再び「指揮官」としてのそれに戻った。
 パキ、パキ――と、砕けた骨格が再生する音がする。
  ハッと音の方を見たウルフ・フォーとペネトレイターが、短い悲鳴をあげた。

「――まずは、無事に『彼女たち』から逃げ切らなくては、ね」

 屠ったはずの蝙蝠型アナザーたちが、一匹、また一匹と起き上がっていく。へし折れた翼が、穴の空いた胴体が、砕けた仮面が――再生する。

「嘘でしょ……仮面割っても死なないの……!?」
「お姉ちゃん……なんなの、こいつら!?」
「――この街の人間を、アナザーに変えている元凶よ」

 油断のない目で状況を伺っていたウルフ・ゼロが、忸怩たる様子の声で答えた。

「この蝙蝠たちは偽物。きっと本体は別の場所にいて、私たちをいたぶることを楽しんでいる。自己を複製し、群れをなし、人間の死肉を貪る――」

 蝙蝠たちが、翼を広げる。

「――ブラッドレス・“スカヴェンジャー”。その複製体たち」

夜の闇より深い黒が、再び宙を舞った。

「ペネトレイター! ライフルを!」
「えっ!? りょ、了解!」

 ヴィンセントの指示で、ペネトレイターがアサルトライフルのもとへ向かう。同時、ウルフ・ゼロが駆け出し、群れに向けて自らの拳銃を放った。
 路地を走るウルフ・ゼロに、群れの先頭が狙いを定める。まるで墨汁による一筆書きのように黒い線がうねり、彼女へと殺到していく。

「お姉ちゃん!」
「どうする気!? 倒せないんでしょ!?」
「……その通りです」

 ヴィンセントは静かに頷き、警棒を抜く。そして、一気に跳躍した。

「あの複製体たちが――本体と繋がっている限りは」

 上空から群れを見下ろすヴィンセントの背後に、漆黒の異空間ゲートが開く。彼女が群れに向けて警棒を振り下ろすと、異空間から、鈍く輝く鋼鉄の鎖が飛び出してきた。

「あれは!」と、ウルフ・フォーが目を見開く。

 唸りをあげて群れに迫る二本の鎖――その先端についた巨大な「手錠」が蟷螂カマキリの鎌のように開くと、群れの先頭にいた蝙蝠たちをまとめて拘束した。

撃てファイア!」

 自らも拳銃を構えたウルフ・ゼロの号令と共に、ペネトレイターがライフルを、ヴィンセントが拳銃タスクキルを放つ。拘束された蝙蝠たちを銃弾の雨が襲い、その仮面を破砕すると――砂のように、その体が崩れて消えていく。

「マジか! 倒せた!」

 同胞の消滅を目の前で見せられた蝙蝠たちが怯えた声をあげ、群れの統率が乱れる。上空のヴィンセントがすかさず警棒を振るうと、二つの手錠が自在に鎌首をもたげ、次なる獲物に襲いかかった。
 アナザーの能力を一時的に封じる、ヴァリアント・タイプの特殊兵装「アイソレータ・ファイアウォール」。その鋼鉄の手錠が複製体と本体の接続を絶ち、ウルフ・ゼロとペネトレイターの銃撃が「紛い物」たちを屠っていく。

「これが、お姉ちゃんとヴィンセントの戦い方……!」

 初めて目の当たりにする、姉の実戦。
 その光景を前に――未だ守る力しか持たない新米トリガーウルフ・フォーは、ただ立ち尽くしていた。




 かたや、戦場から少し離れた、隔絶空間の中で。
 黒いセーラー服の少女が、あんぐりと口を開けてその光景を眺めていた。

『少しは理解が進みましたか、真里亞』

 彼女の手の中にあるスマートフォンからは立体映像が投影され、パペットのような姿をした赤菱サナの姿が映っている。そんな彼女に導かれて門限後に寮を抜け出し、電車に揺られて横浜中華街まで来て見せられているのが、怪物と、怪物を使役する人間との戦いである。
 なぜ、ここに連れてこられたのか分からない。
 少女――篝火真里亞は、未だ声を発せないまま「むしろわけが分からなくなった」という意思を籠めて、ぶんぶんと首を横に振った。

『……はあ』

 心底呆れたと言わんばかりの溜息をついて、サナが続ける。

『まず、この世界が「バックアップ」であることは話しましたね。“神の剣トワイライト”の一振りによって滅びた様々な世界の人格データが集う偽りの世界である、と』
「いや、ごめんなさい。そこから分かってない」
『…………はあ』

 二度目の溜息が、真里亞のメンタルをグサリと抉った。涙を堪え、西の空を見る。

 隔絶空間であろうと、そこには「それ」が突き立っていた。
 その柄は天空にそびえ、その刃は地球の中心を穿つと言われる、幻影の巨剣。世界のどこであっても日が沈む方角に見えることから「トワイライト」と呼ばれる「それ」がこの世界に現れたのは、七年前のことだった。
 その、七年前に。
 真里亞たちの世界は滅んだと、サナは言った。
 真里亞たちの世界だけではない。サナが元々いた世界も、さらには、他の世界がいくつも滅びたらしい。しかし、それに抗った何者かの手によって、「様々な世界の人格データが、この世界に集められたのです」と、サナは語った。
 全くピンとこない話である。仮にそうだとして、誰が、何のために神の剣を振るい、誰が、何のために自分たちを救ったのか。神話に登場する神々の話を聞いているようで、まるで実感が湧いてこない。

『……まあ、いいでしょう』

 諦めたように、サナが三度目の溜息をついた。

『今、理解すべきことは三つです。この世界の人格がデータであること。だからこそ、肉体を破壊された私の人格が存続していること。そして――この世界の人間を「殺す」ためには、肉体を破壊するのではなく、「人格」を殺さなければならないこと』
「人格を、殺す……?」
『そうです。そうして死にかけたのが――垂木スミレと、根本ランです』
「!」

 真里亞の脳裏に、おかしくなった親友たちの姿が浮かぶ。

『きっかけは些細な喧嘩だったのでしょう。しかし、その負の感情が次第に膨れ上がり、疑心暗鬼が芽生え、世界に絶望する。そうして、自分が自分であることが嫌になってしまったとき――』
「……怪人に、体を明け渡してしまう……」

 真里亞の口から、自然と言葉がついて出た。
 分からない。けれど、分かる気もする。
 目の前でサナが殺されたとき、それを見て絶望したとき、自分も、自分であることを諦めようとした記憶がある。内なる声が聞こえ、自分の意識が遠のいていくとき、これで楽になれるという安堵感を覚えた記憶がある。
 それが、「人格の死」だというのならば――。

「スミレとランは、あれ以上に苦しんだということなのね……」
『……そこは、「あの時、私も死にかけてたのか」と思い至るところでしょう』

 がっくりと、立体映像のサナが肩を落とした。

「え……? あ、そうか。そうね」
『まあ、自分の恐怖よりも他人の心配が勝るのはあなたらしいと言えますが』

 呆れつつも、サナの声には柔らかなものが混じっている。溜息といいジェスチャーといい、人間の体だった頃より感情表現が豊かになっているような気がするが――真里亞はあえて口には出さなかった。

『……真里亞』

 そんなことを思っていると、立体映像のサナと目が合った。

「サナ?」

 その目は、真里亞の覚悟を問うように彼女を正面から見据えている。

『垂木スミレと根本ランの負の感情を、増幅した者がいます』
「えっ……?」
『弱った人間に疑心暗鬼を植え付け、仲間から孤立させ、絶望に追い込む。そうすることで、物理的には殺せないこの世界の人々の人格データを破壊している者たちがいる、ということです』
「……!」

 なぜここに連れてこられたのか、真里亞には分からなかった。
 この世界の成り立ちの話をしたいのなら、この世界の「人間」についての話をしたいのなら、落ち着いた場所でじっくり聞いた方がいい。知らない人間と、知らない怪物の戦いを見せられたところで、この世界に対する理解が深まるわけではない。
 だが――サナは、そんな雲を掴むような話をしたかったわけではないのだ。

「……者“たち”って、誰?」

 サナの視線を正面から受け止め、一つ唾を飲み込んで、真里亞は訊き返した。
 その先を聞いたら、「普通」の生活には戻れないかもしれない。
 それでも。
 「普通」の女子高生なら、親友を苦しめ、殺そうとした相手を許すことはないはずだ、と、真里亞は確信していた。


『――黄昏教団』

 世界がどうの、自分たちがどうのではない。

『“神の剣トワイライト”を崇め、人々から人格を奪おうとしている――血潮なき者ブラッドレスたちの総称です』

 サナが伝えたいのは――すでに戦いは始まっている、ということだった。

Episode: Twilight

―完―

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